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先日私の住む関西で(もちろん医者関係者の)緩和ケア病棟の今後を考える為のフォーラムがあり国内外からも参加者がありいろいろディスカッションをしながらの大きなの会をおこなっておられたそうだ。
緩和ケア・・・。なぜ嶋田のページにこの言葉がでてきたのかと言うと、現在私自身がその緩和ケアに関わっているからなのです。
私は現在、滋賀県彦根市民病院内の緩和ケア病棟でがん患者の方や難病に値する形で入院されている患者さんに月2回ですがケアという形で携わっています。
ひょんな事?(なんていうと怒られそうだか・・・)そこの病棟医長が今後こうしたい!という熱意?の中からの要請でやってみようか。という事で実際ケアとして患者さんに接し始めたのが今年に入ってからなのです。
代替医療。このフレーズをお聞きになった事。また直接接している方というのもたくさんいらっしゃることと思います。私もそうゆう物に興味をもっていて現在も勉強しいる者のひとりです。
でも「末期がんはこれで治る!」という新聞広告等を一番信じていない者のひとりでもあります。
代替療法とは現在の医療の主流である近代西洋医学以外の医学の総称のことを言います。あまりにありすぎてここにあげられないぐらいありますが代表的なものをいくつか上げると漢方。鍼灸。カイロ。インドの伝承医学から薬草を用いた民間療法からアロマテラピーなどなどたくさんあります。
現在アメリカでは国立衛生研究所に代替療法の部門が設立され日本でもおそがけながら日本補完代替医療学会が設立されるなど少しずつだが私達を取り巻く環境も変わりつつありまたその恩恵をうけることができるようになるのもそんなに遠い未来ではなくなりつつあるようです。
私は基本的に病気は医者が治すものと思っているひとりです。
が病気に関わる環境は医者が関与する場ひとつではないとも思っているひとりでもあります。私は場は大きく3つあるとおもっています。病気ではないが病気の予備軍の場。病気の場。そして完治しない病気の場。(病前・病中・病後)おおまかなその3つの場では求められる事は必然と体の状態心の状態そしてそれを取り巻く環境の状態などが替わってきます。現在私が関わっているのはこの場というわけかたで考えると1番と3番になります。
この3番に関することでこんな記述がありました。死を覚悟して入院したはずのこの病棟で患者はモルヒネ投与などの緩和ケアを受けながら一方では(例えば)間食のように健康補助食品(代替療法)を食し家族は代替医療に関して情報集めに熱心である。でも一般に現代医学を修めた医療者にはなかなか受け入れがたい発想であったり状況のようだ。それは現実に生きているまるごとの人間の健康や病気や死といった医療問題に全人的に対応しようと思えば現代西洋医学だけでは無理なのである。となにかのニュースレターに書いてありました。
私が接している人達はどうなのでしょう。緩和ケア病棟で接する方々は回数を重ねるたびになんだか笑みが多くなってきてくれているように私は感じます。たぶんそれは治らなくても少しでも長く生きていたいという祈りの中で代替療法を受ける事によって安心感や期待感をもたせてあげる事ができているのかなと自己賞賛しすぎだろうがそう思うのです。またそのことが現在行っている西洋医学内の治療と合体して体の治癒力と心の治癒力を活性化させることに繋がればいいなと思い毎回接しています。
心というのは私は自分を病気にも元気にもする事のできるもので唯一自分で管理できるものなのではないかなと思うのです。
現在私は末期のかただけではなくもちろん現在健康な方も相手にしお仕事をしています。その中で思うことはそう昔の人が言ってた「病は気から」という言葉。私達が健康でおいしいものを食べ好きな人や事柄にかかわり楽しく生きたい。そう思うことがおのずと自分を健康にする一番の薬になるのかもしれないという事。そう健常者といっても私が空いてにしている人たちは20代から70代項半までと幅が広いのでいちがいにいえませんが心が関わって体に異変を起こしているなと感じる事が多々あるからです。特に年齢が重なれば重なるほどにです。多少話題がそれますが、よくあるでしょ。おばあさんが亡くなりその後あとを追うようにしばらくしておじいさんも亡くなってしまったり、類似の事柄の後治っていたはずの癌が再発したりと・・・いう事。そうゆう私達には計り知れない事柄の事です。
これをながながと読んでくれた人はちょっと心の休養を自分にとってみようかと思いましたか?心にリフリッシュしたりまたそのための風穴をあけてみようかなと。そうであればいいのですが・・・
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